すらすら読む!古文書

吉田松陰自賛肖像 賛・跋よしだしょういんじさんしょうぞう さんばつ (中谷本)

すら読み!

現代語訳

[賛] 天下てんか 三分さんぶん の計を はか り、 草廬そうろ から 出仕しゅっし したという三国時代・ しょく 宰相さいしょう 軍師ぐんし である 諸葛孔明しょかつこうめい はもはやこの世になく、 後漢末ごかんまつ 宦官かんがん 汚職おしょく を訴えるため、 一身いっしん で都に入ったという、 後漢ごかん の政治家、 賈彪かひょう 何処どこ にいるというのでしょう。私の心は ちょう の政治家 貫高かんこう を師としていますが、 元来がんらい 世間に立てる程の名声はなく、私の志は戦国時代・ せい 遊説家ゆうぜいか 魯仲連ろちゅうれん を尊敬しているが、結局は国家の 難事なんじ を解決する さい に欠いていました。読書もそのかいがなく、三十年になりながら、 外夷がいい を滅ぼそうとする くわだ ても失敗しました。勇猛心を二十一回振り起そうとしたけれど、世の人は私を 頑固者がんこもの と非難して、 邑人むらひと は多く私を受け容れてくれない、わが命は 國家こっか ささ げており、死ぬにしろ、生きるにしろ忠誠を尽くす心にかわりはありません。 至誠しせい を尽くせば心を動かさない者は、古来一人もいません。 諸葛孔明しょかつこうめい などの 俊傑しゅんけつ ほどには及ばないまでも、昔の聖人、賢人が求めたものを 精一杯せいいっぱい 追慕ついぼ したい。

[抜]人のために自分が描かれた画に さん 、画の余白に書き添えた文を書き記してきた。自賛は七幅にもなった。すでにもう十分だと思っていました。 中谷正亮なかたにしょうすけ 君がやってきて、また賛を記してほしいと懇願してきました。ああ 中谷君なかたにくん はわたしの最も古い旧知の仲です。どうして立っての願いを断ることができましょうか、いやできません。願いに応じた時はあたかも私が 江戸えど へ旅立つ前日の夕方でした。

五月二十四日  二十一回にじゅういっかい 猛士寅書もうしとらしょ

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原文