久坂玄瑞( くさかげんずい ) の発案( はつあん ) で、門下生の松浦松洞( まつうらしょうどう ) が描いた松陰先生の肖像に、松陰先生が自分で詩を書き入れたんだよ。自賛肖像は全部で6幅あって、弟子たちも持っていたよ。
この中谷正亮( なかたにしょうすけ ) に与えたもの(中谷本)が最後に作られたものだよ。この日は松陰先生が江戸に護送される前日の夕方だったそうなんだ。松陰先生が二度と萩に帰ってこられないことを悟り、 形見かたみ として作ったものだよ。